ブログで自分の感情を吐き出すことのスピリチュアル的効能①

昔大学の授業で、「自分の感情」をそのまま現実世界に反映させてしまうと、争いや戦争の素になるという話を聞いた。

 

確かに、「口は災いのもと」という言葉もあるように、思ったことを口にしたばかりに、人間関係が崩壊するのも珍しくない。それは私自身にも経験があり、余計なことを言ってしまったがために、その後何年にも渡り苦しい思いをした。

 

では、「自分の感情」を現実世界に反映させないためには、どうすればいいのか?それは「表現する」というワンクッションを置けばいいのだという。

 

簡単に説明すると、死ぬほど嫌いな人がいた場合、「私はあんたが嫌い」という感情を言葉なり態度で表す前に、日記やメモなどに「書け」ばいいのである。すると、高ぶった感情と現実世界との間に一つ壁ができ、私はその人に汚い言葉を浴びせずに済むというわけである。

 

しかし、急な状況ではいちいち紙に書いている暇はない。それならどうするか?

そんな時に備えて、突発的な怒りがいつ来てもいいように、普段から自分の感情を紙に書く習慣を付けるのである。

私の場合、普段から紙に感情を吐き出していれば、急な怒りが襲ってきても、全く何も書かない時より、怒りが小さくて済むように思う。(怒りが我慢できなかったとしても、最小限で済む)

 

何で嫌いな奴のためにそこまでしなきゃなんないの?と思うかもしれないが、長い目で見るとこれは、相手のためではなく自分の利益につながっている。

 

誰もが怒りやイライラなど感じずに、日々平穏に生きたいと思っているだろう。この「書く」という方法により、自分の精神の安定と、「穏やかな人」という人からの評価も両方得られる。まさにいいこと尽くし。

 

余談だけど、同じく大学時代、とにかく誰にでも優しくて、何をされても怒らない天使のような人がいた。私は(自分の性格が悪いので)彼女には何か秘密があると思い、「○○ちゃんって、ムカついた時とかどうしてるの?」と聞いてみた。すると、彼女は、「嫌なこととか、怒ったことは紙に書いてる」と教えてくれた。正直「え、そんなんで?」と思ったが、紙に書くという簡単な行為が、実はあなどれないことを表す体験談である。

 

私は、口にさえ出さなければ、心の中では何を思っていてもいいと思っている。文句を口に出すな、心でも思うな、じゃストレスがたまって死ぬ。だから紙に書く言葉は、どんなに汚くても、罵詈雑言でもOK。呪いの言葉でもなんでも、とにかく思う存分書く。スピリチュアル系の話だと、「自分の希望の姿」とか「感謝の言葉」を書けなんてあるけど、それじゃ怒りや恨みつらみはどこに向けりゃいいの?って話。スピリチュアル界ではそれらの感情はスル―しろ、一切目を向けるな、と言うけど、まずはそれら負の感情を処理しなきゃ、幸せも希望も入って来ない。希望の姿とか感謝の言葉を書くなら、そのあとに書けばいいと思う。(魂のステージ?が上がればいつかは負の感情も感じなくなるのかもしれないが、いかんせん今はまだ一般人なので)

 

紙に書くという行為を是非、精神安定の手段として実行してほしい。紙に書くだけだとつまらないし続かないという場合、ブログという場所がある。(ただしブログの場合、知り合いがいるSNSでは書かない事。そしてもちろん決して個人が特定されることは書いてはいけない。それではただの争いになってしまう)

 

このブログも、誰も見ないことを知りつつ、「でももしかしたら、誰かが間違って見るかも?」という小さな期待と緊張感を持って書いている。人に見られることを意識すると、自然と読みやすい文章にしようとして、自分の感情をさらに整理整頓できる。